2013年10月08日

私と関東黒島郷友会 (1)

初めて関東黒島郷友会の総会会場に足を踏み入れたのは25、6年前です。
新宿2丁目にあった沖縄料理の店「かりゆし」で、総会帰りらしいひと群れに出会ったのがきっかけでした。その群れの中の顔見知りのひとりに声をかけ、会報(25周年記念号)を頂きました。それまで郷友会という存在を全く知らず、身内以外は、いわゆるヤマトーンチュとの付き合いの中での生活でした。なつかしく思い、翌年からすぐに総会会場に出向いたのでした。

5年目あたりに幹事長をお願いされ、それ以来歴代会長諸氏の補佐役として任を果たして来ました。思う事があり一度だけ幹事長の任を拒否した事がありましたが、副会長と役名が変わるだけで役割はほとんど同じでした。
以来外せない用で一度だけ欠席した事がありましたが、その際も人気グッズを添付した祝電を送り、シマムヌイ(黒島方言)の一つを正しく言えた人にプレゼントして、という言葉を添えたものです。

パソコンができる事もあり、事務方としての仕事は会報の編集作業にも及び、我が身を養う仕事をしながらも、黒島郷友会の仕事は私の生活の一部と化していました。

※お稽古場面2枚以外は、大野隆志氏撮影によるものです。ありがとうございます。
(続く)

私と関東黒島郷友会 (1)
2004年(第42回総会)にて
我が十八番(と言うにはお粗末ですが)の貫花(ぬちばな)


私と関東黒島郷友会 (1)
2004年(第42回総会)にて
「山崎ぬアブゼーマ」浮気なウブザ(おじさん)役。まだまだ研究の余地あり


私と関東黒島郷友会 (1)
2006年(第44回総会)にて
友人数人が出席してくれた事もあり、久しぶりに「御前風」を踊る


私と関東黒島郷友会 (1)
2007年(第45回総会)にて
例年踊る代表的な黒島の伝統芸能「黒島口説」。大好きですが、難しいです



同じカテゴリー(黒島)の記事

Posted by あんあん at 03:05│Comments(0)黒島
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。