2016年07月09日

「ルンバウォークとすり足と」余話(1)

同人誌の方ではページスペースに遠慮して掲載しなかった写真等を、余話としてアップしてみます。

先ず、競技ダンス関連。
申し洩れましたが、ショーの行われたのは、1979年(昭和53年)10月15日(日)です。
小嶋鉄治ダンススタジオは、今でも同じ場所にあるようです。

ディナーショーのプログラム関連を掲載しておきます。
出演するに当たっての費用も相当かかりました。
現在、どれくらいするかわかりませんが、当時のメモを見ると、デモ料、ドレス代、靴代、パートナー代、チケット代とトータルで11万円ほどかかっています。
当時、トラブルが新聞沙汰にもなっていた「サラリーローン」を、勤務していた会社の近くにあった事務所を訪ねて契約したものです。
人生初の借金でしたが、その見返りは充分にあったと思っています。

当時同居していた妹が言うには、レッスンから帰って来た時の私の生き生きとしたようすに、術後の身を心配しながらも安心していたとの事です。

「ルンバウォークとすり足と」余話(1)
招待状

「ルンバウォークとすり足と」余話(1)
プログラム表紙

「ルンバウォークとすり足と」余話(1)
タイムテーブル

「ルンバウォークとすり足と」余話(1)
第二部出場者・教師名、種目

そして、私のルンバへのこだわりについて。
数年前まで、早稲田大学の沖縄研究会のメンバーだった方たちと、それぞれのブログ内でやり取りしていたのですが、その時の私のハンドルネームが「rumba」でした。

そう言えば、別のサイトでは「ストトン節」としていましたっけ。
特に意識はしていなかったのですが、踊り好きの名残りがこんな所にもという思いです。

因みにストトン節は、生り島・黒島で5、6歳の頃初めて舞台に立った時の踊りでした。
確か、伯父の還暦の祝いでした。






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Posted by あんあん at 07:28│Comments(0)踊り八重山・沖縄
 
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