2016年07月08日

ルンバウォークとすり足と---「多田ゼミ同人誌・研究紀要」Vol.4寄稿文

亡き母の言。
我が家が黒島から石垣島に移住して間もなくの頃、ラジオから音楽が流れて来ると即反応して踊ってしまう私の事を、同年の女の子が「やすこは、はずかしくないのかねぇ」と言っていたそうです。

どうも私の踊り好き、音への反応は、今に始まった事ではないようです。

Facebookのタイムライン上で多くの情報に接する中、動画の中で音楽に反応して踊るまだヨチヨチ歩きの赤ちゃん。人間のみならず、犬やインコも。その見事なパフォーマンスに目を見張り、感嘆の声を上げては自らのブログに動画を貼り付けさせて頂いたりしております。

人間はもとより動物にとっての音、リズム、模倣のメカニズムとは・・・?

そして、身体を動かす、運動をするという事の好影響については、科学的にも説明されているようですよね。
私自身ひと汗かいた後に感じるあの爽快感、淀んでいたものの払拭感は、かなり以前から自覚していたところです。

私が「競技ダンス」(いわゆる社交ダンス)という分野の踊りを知り、夢中になり、高い月謝、病後の身での勤務終了後のレッスンを苦も無く続けていられた所以です。
首筋に18センチほどの傷跡を残した4度に亘る手術後の、やりきれない思いでくすぶっていた頃でした。

住まいの近くで開催されていたダンスサークルの会員募集広告。徒歩1分の会場です。即入会しました。そして集団レッスンの踊りだけでは飽き足らず、ベテランメンバーの方から有楽町にあったダンススタジオを紹介してもらいます。
そしてラテン系A級ライセンス所持の教師の元で、レッスンに励む事になります。術後のまだ正常ではない体調と向き合いつつの、スタジオ通いでした。レッスン帰りの駅のホームで何度嘔吐した事か。

スタジオに入会して1年ほど経った頃、教室主催のディナーショー出演への声がかかり、品川のパシフィックホテル(当時)の大フロアで踊る機会を得るのです。
10(テン)ダンスと言って、競技ダンス(スポーツダンスと呼ぶ事もありました。)にはモダン系(現在はスタンダードと呼んでいるようです。)、ラテン系それぞれ5種目あります。
モダン種目には、ワルツ、タンゴ、ベニーズワルツ、スローフォックストロット、クイックステップ。
ラテン種目は、キューバンルンバ、サンバ、チャチャチャ、ジャイブ、パソドブレ。
それぞれの種目は、踊り方はもちろん、衣装、靴、パートナーとの組み方が違います。

ルンバウォークとすり足と---「多田ゼミ同人誌・研究紀要」Vol.4寄稿文
小嶋鉄治ダンススタジオのラテンA級ライセンス・アキモト先生と
後方司会は、車椅子の参議院議員(当時)・八代英太

私は、ラテン系の中のキューバンルンバが好きでした。
キューバンルンバは、いわば恋物語。追う男と追われる女の恋愛模様を表現している踊りだと言われておりますが、そのウォーキングに特徴があります。教師のアドバイスでは、足首に鎖をつながれた囚人のように、そして腰を∞の字のようにくねらせながらゆっくり歩くという事でしたが、それが難しい。増してやホテルでのディナーショー出演が決まっています。当時は会社やビルの中でも、長い廊下を見るとついルンバウォークをさらっていた私でした。

ディナーショーは、「スタジオ創立11周年記念 チャリティ・ディナーショー」というものでした。司会に当時車椅子の参議院議員と言われていた八代英太。そして、俳優の宝田明ショーも組み込まれていました。
好きな「サントワマミー」の曲で踊りたかったのですが、当日のバンドが演奏したのは「アドロ」という初めて聞く曲でした。
私が沼津ろう学校に勤務するきっかけになった方も、駆けつけて下さったものです。

ルンバウォークとすり足と---「多田ゼミ同人誌・研究紀要」Vol.4寄稿文
離れた場所から2回転して来ての、この場面。一番の難所でした

そしてその後誘われて出かけた、ヤマトゥの地で初めての琉球舞踊公演鑑賞。
それまで接する事の無かった沖縄の踊りを目の当たりにし、目を覚まされ、一種の義務感のようなものもあって私は、琉球舞踊教室に通う事になるのです。

琉球舞踊と言うと、いの一番のお稽古種目は御前風(かぎやで風)のはずです。
琉球舞踊の基本の動きが多く散りばめられていると言われている、グジンフウ(御前風)。久しぶりに手にする金銀の扇子。ところが、石垣島在の時は何の苦も無く当たり前に踊っていた、あのグジンフウのすり足がうまく出来ないのです。単なる歩きのはずなのにです。

ルンバウォークとすり足と---「多田ゼミ同人誌・研究紀要」Vol.4寄稿文
関東・黒島郷友会「黒島まつり」舞台での「御前風」

石垣在の時は意識する事無く、難なくやっていた動きです。
すっかりルンバウォークが染まってしまった身には、1メートルさえちゃんと歩けないのです。我ながら驚きました。困りました。
ラテンダンスの癖が手に足に視線にと至るところに出ていて、修正にかなりの期間を要しました。

ショーに出た翌年に私は、また別の手術を2回経験します。
改めて当時の状況を巡らせてみると、ほんとに目まぐるしい生活変化の中で、我ながらよくも精神的病いなどにかかる事無く生きて来たなと思います。
身体を動かす、しかも音楽付きという一つの動きの世界は、薬など必要の無い安全で健康にもいいものだと、我が体験談として思うものです。

こんなサイトを見付けました。
Youtube動画もあり、しばし道草してしまいました。
デジタル発行の当同人誌ですので、ご紹介してみます。
社交ダンスと競技ダンス 前掛けブログ

相手がいないと踊れないという、この競技ダンスのスタイルに迷った事もありました。丁度友人との出会いもあってフラメンコダンスをかじったりもした私ですが、自らが踊らないまでも、常に踊りや音楽に囲まれ、欲し、取り入れた生活をしていたと言えます。

ルンバウォークとすり足と---「多田ゼミ同人誌・研究紀要」Vol.4寄稿文
田中美穂フラメンコ教室の「小さな発表会・飲み会」にて
当日いきなり声がかかり、衣装を貸して頂いて
当時の踊り仲間とは現在も年賀状のやりとりあり

今回の原稿を書くにあたって、いくつかのYoutube動画で久しぶりに10ダンスのそれぞれを視聴しました。その躍動感、リズム感、表現の美しさに見入ってしまいましたが、「2人で踊るからいいんだよ」と言っていた友人の言葉を思い出しました。
確かに、パートナーとのコラボレーションの美を改めて思いました。

エイサーをやりたい、キューバンルンバを踊りたい、「山崎ぬアブゼーマ」のおさらいをしなければ・・・。この記事を書きながらも頭をもたげて来た私の思いは、環境さえ整えばすぐにでも飛び込んで行く世界です。


※同人誌には、写真キャプションは入れてありません。





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この記事へのコメント
へ~~~! 手術するほどの 大変な事 あったのですね。

それでも現在 積極的に 行動してる意志力 好奇心スゴイです

お姿の 写真 拝見できました。 有難うございます (*^-^*)

琉球舞踊・・・宮廷舞踊 民舞 どちらもやって おられるんですね。


クロンチョンと云う インドネシア歌謡曲は ルンバ・・・多いみたいです。

ちょくちょく 僕のブログに載せます (#^.^#)
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2020年11月16日 09:02
湖畔のベンチで さま、

早速リンク記事読んで下さったのですね。
いろいろねばならない事を抱えている身、今日はアルバイトはお休みでしたので、早朝から「湖畔のベンチで」に入り浸っております。

ご返事しなければならない事もあるのですが、まずは湖畔のベンチでさまって、どういう方なんだろうと思ったのです。
だって、ブログには、プロフィールが掲載されていないんですもの。

今日の午前中は「湖畔のベンチで」タイムと決め込んでページをクリックしておりました。
コメントを返していらっしゃる方のブログもついクリックしてしまい、まだまだ読み終わりません。

私のリアル友達にブログを開いている方はほとんどいませんので、その分コメントも期待できない訳です。。
友人関連記事をアップした時には、プリントして差し上げているくらいです。

これから先もご返信が遅くなる事があると思いますが、よろしくご理解下さいませ。m(__)m
Posted by あんあんあんあん at 2020年11月16日 10:55
貴女を真似て ドンマイ  ドンマイ (^.^)/~~~


僕は沖縄 那覇で 1944年に生まれて 仕事は型染めで 他に仕事した

経験は有りません 今は隠居生活 禿げアタマは 父親ゆずり (^^;)

自己紹介 こんなもの でしょうか  お尋ねくださったら 大抵のことは

お応えします (#^.^#)
Posted by 湖畔のベンチで湖畔のベンチで at 2020年11月16日 20:42
湖畔のベンチで さま、

いわゆるアーティストだったんですね。
「型染め」という言葉は初見ですが、いわば型紙を用いてする方法名で、紅型も含まれるのですね。
細かい作業だと思われますが、プラス芸術的センスも求められるレアな職業だと思います。

それに生涯を費やしていらした!
貴ブログでも拝見しておりますが、たくさんの素敵な作品があることでしょうね。
Posted by あんあんあんあん at 2020年11月22日 08:39
 
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